春のよろこび
気温が上がり雪がどんどん解ける季節になりました。この時期になると私は必ず思い出すことがあります。それは「春のよろこび」です。
私が山形大学の学生だった頃に、関東と九州の友人がいました。今でも交流が続いています。ある時に彼らがこう言うのです。「山形に来て初めて『春のよろこび』を知った」「冬になると晴れが続いて空っ風が吹いて毎日同じような天気が続くので、そういえば暖かくなってきて春になったのかなという程度だったのです」「山形に来て寒くて雪がたくさん降って、とても大変でした。その後に温かくなって雪がとけてくると本当にうれしい。あー、これが春のよろこびなのだと初めて知りました」というシンプルなお話です。冬の厳しい時期を過ごしたからこそ、雪解けや春の温かさが本当にうれしくありがたく感じられる、という書き方になるのでしょうか。
苦しい時期があればこと、普段の生活のありがたみがわかる、と書いてしまうと月並みな表現になりますが、毎年いつも思い出しています。だから苦労はしたほうが良いとか、苦しい体験が必要なのだというつもりもありません。生きていると、自然に本当に水が上から下に流れるように、「苦しいこと」が起きてきます。そう感じませんか。世の中は苦しいことに満ち溢れていると仏教でも言っています。そういう世界の中で、ちょっとでも良い、楽しい、面白い、親しい、ほっとする、などの時間に出会ったら素直に喜びましょう、という程度に私は受け取っています。そういう気持ちを忘れないでいたいなと思う毎日です。